Hi−Fi AMの実験

1. はじめに

  平成23311日に発生した東日本大震災においては、地震の大きさ、津波、原子力発電所での事故と生涯初めての大惨事である。

当地でも震度6弱〜強の揺れを観測し我が家にある簡易震度計「グラグラフ」では震度7を表示した。

幸い被害は、東北地方ほどではなかったが、近くの那珂川近くの低い土地では、地盤が弱く物置の倒壊、液状化現象が多くのところで観測されすぐ近くの那珂川の堤防も1m近く陥没していました。

 我が家では、石の塀の一部が落下、屋根の瓦が数枚ズレたが、落下までは至らなかった。両親の住む母屋では、屋根の鬼瓦が1個落下した。 外観は、土台のモルタル部分の一部に細かいヒビが入った程度、内部は、壁のクロスに内側の石膏ボードのヒビに伴う割れが多数見受けられた。

 原子力発電所の事故に伴う放射性物質放出に伴いこの地域も放射性物質が降り線量が高いホットスポットが存在する。ちなみに、一度も計測したこと無かった簡易型ガイガーカウンタで屋外で計測したとき水素爆発事故直後(数時間後)はピークで5マイクロシーベルト近くまで振れることもあった。現在は、0.08マイクロシーベルト位まで低くなっているがそれでも事故以前の2倍以上のレベルある。

 家の中は、地震により、積み重ねたものが崩れ足の踏み場もないくらいの状態になって、物置も例外でなく中に立ち入れない状態でした。
 余震が、少なくなり、少しずつ片づけや整理をする中で、開局当時使っていた無線機が、保管されていた物置の中から顔をだしていたのです。

 震災前は、自動車に取り付けた無線機で、なじみのローカル各局と電話で通信する程度で、時々HFを受信し、3.5MHz7MHzのバンドが拡張された2009年頃からAMで運用しているのを受信していた程度としばら活動は停滞していました。

 もともと帯域の狭いトーンのなんとなくせせこましいSSBよりは、帯域の広いAMFMのゆったりとした感じ、チューニングをとり同調するとAGCが効いてさっと周りのノイズ音が消えて、静かな所で話しているあの感じが何ともいえません。
これは、信号強度がある程度以上に強くないとだめですけど、開局当時、昭和のよき時代のことを思い出し、開局当時使っていた無線機を見つけ、修理、復元して現在でも立派に使用に耐えるものへ改造することを思い立ち、本格的にAMで遊んでみることにしました。

 変調方式では、プレート変調、プレート・スクリーングリッド同時変調方式が定番ですが、開局後は、ハイシング(P・G2同時)変調、スクリーングリッド(G2)変調、フローティング・キャリア変調、コントロールグリッド(G1)変調、サプレッサーグリッド(G3)変調など教科書に載っている多様な変調を片っ端から実験していました。今回、AMを再開するにあたり、開局当時と同じでは面白くないですから、基本性能を高くすることを目標の以下のことを考えました。

(1)全搬送波SSBの電話 H3E(A3H)では不満。

(2)最初からAMのリグを作成するの容易でないので、見つけたTX−88Dを活用する。

(3)AMは真空管の無線機と親和性がある。

(4)基本的な構成はオリジナルを維持し機能面で改善をする設計としたい。

(5)搬送波出力は、S/N比の良い通信を確保するため50Wとし、歪み無く100%まで変調でき、高忠実度(Hi−Fi)を目指す。

(6)高周波部終段は、S2001シングルからパラレルへ増設し、アンテナのトラブル等で全負荷が加わっても特別な保護回路が無くても耐えられるようにプレート損失を確保する。

(7)変調器は、搬送波出力50Wであることからプレート変調の場合、オーディオ出力が50W以上必要である。

(8)歪んだ電波によるスプリアス放出を抑制するために、基本変調特性は良好とする。

   そのために、低歪率,直線性、周波数特性のフラットな範囲を広く確保し、オーディオ前段で帯域制限を行う。

 この条件でAMを送信するとなると、総合的に考え、やはりAMの王道であるプレート変調とスクリーングリッド変調を同時に行うのが良さそうであるという結論に達しました。

2.プレート変調の特性について検討

 終段管をS2001×2とした場合、ベースとなっている6146Bでは、プレート損失が27W(CCS)、35W(ICAS)となっており、2本(パラレル接続)のため、その2倍と考えて良い。

 終段のプレート効率は、RF搬送波出力50Wで、固定バイアスとリークバイアス併用による完全なC級増幅器としてプレート効率は70%以上を目指す。

 この場合、プレート入力電力Pinは、

in50/0.771W

 この入力を確保するには、プレート電流Ipの最大値を150mAと仮定すると必要なプレート電圧Vpは

Vp=71/0.15473[V]

 この程度必要である。

 この場合、プレート損失は、6146B CCS規格で厳しく考えると

d715021[W]

となり2本分の全プレート損失54[W]に対し33[]分余裕がある。

 このことから、十分なオーディオパワーを供給できればプレート損失に余裕をもって100%まで変調できることが期待できます。

 ここで、AM変調についておさらいです。

@ AM変調における搬送波と側波帯の振幅成分

単一正弦波で変調した時、電力を基準に考えると、搬送波が(電力比で)1だとすると、変調度が1(100%)でも両側波帯の占める電力は0.5(1/2)、単側波帯では0.25(1/4)にしかなりません。

このことを、計算で確かめてみます。

まず、搬送波の電圧(最大値)をVc、角周波数をωc、信号波の電圧(最大値)をVs、角周波数をωs、変調度をmとします。

この時、搬送波の瞬時値vcと信号波の瞬時値vsはそれぞれ、

 vc=Vcsinωct …(1)

 vs=Vscosωst …(2)

また、振幅については、定義から

 Vs=mVc

 ∴ m=Vs/c …(3)

と表せます。変調波の瞬時値をvamとすると、

 vam(c+vs)sinωc

   =Vc{1+(s/c)cosωs}sinωc

   =Vc(1+mcosωs)sinωct …(4)

さらに、(4)式を三角関数の和の公式を使って展開して、

 vam=Vcsinωct+mVccosωssinωc

   =Vcsinωct+(mVc/2){sin(ωc+ωs)t+sin(ωc−ωs)}

   =csinωc(mVc/2)sin(ωc+ωs)(mVc/2)sin(ωc−ωs) …(5)

(5)式において、赤字が搬送波青字が上側波帯緑が下側波帯の成分ということになります。

A搬送波の電力、側波帯の電力

 これらは、電圧比ですから、電力比に直してみます。

 本当は時間で積分しなければなりませんが、これらのどの成分も同じインピーダンスZの負荷(アンテナ等)に流れ込むので、比を求めるなら単に電圧の2乗比でよく、

搬送波電力  Pc=Vc2/2    …(6)

上側波帯電力 PU(mVc/2)2/2 …(7)

下側波帯電力 PL(mVc/2)2/2 …(8)

となります。

 当然のことながら、上側波帯下側波帯対称なので、(7)(8)からも分かりますが、それらの電力は等しく、

 PU=PL …(9)

です。また、Pcに対するPUやPLの比率は、

 PU/c=PL/c

    ={(mVc/2)2/2}/(c2/2)

    =2/4 …(10)

となりますから、確かに、変調率m=1の時、単一の側波帯の電力は搬送波の1/4になっていることが分かります。

しかも、mの二乗なので、m=0.7では約1/8になってしまいます。

全電力PTを搬送波電力Pcで表せば、

 T=Pc+PU+PL=Pc(1+m2/2) …(11)

となります。

 これで、変調度と搬送波電力が与えられた時のAM波の電力、または、搬送波電力とAM波の電力が分かっている時の変調度の計算などが可能になります。

たとえば、搬送波電力が50Wであれば100%まで変調されたときの全電力PT

  T=50(1+1/2)=75[]

となります。つまり、プレート効率が70%とすれば100%変調時の最大入力電力は1.5倍であるから

 75/0.7≒107[]

出力分を差し引くと

 107−75=32[]

のプレート損失になる。

 終段管はパラレルなので6146Bと仮定すると2本でプレート損失は54Wですので余裕あることが確認できます。

なお、変調器出力は、効率が70%ならこのプレート損失分相当を供給できれば良いことになります

また、搬送波電力=50W、LSBの電力=USBの電力=12.5Wということになり、SSB受信機で受信した場合には、約10W出力相当のSSBとして受信されますので一般の交信と同様に行えます。

実際にはプレート効率は、40〜60%と悪い場合も想定すると最大入力電力は125W,変調器の出力は少なくとも63W以上の歪みの少ないオーディオ出力が確保できれば、搬送波出力50WのAM変調波を100%程度まで変調して送信できることになります。

3. 実際にはどうするか

 RF部分はゼロから製作するのに部品集めからシャーシやケース加工と大変ですので、物置で見つけた開局当時使用していたTX−88Dをベースに、手持ちのオーディオ用パワーアンプを組合わせてHiFi AM送信機を構成したい。
アンプはオーディオ用パワーアンプなのでスピーカー端子があるわけで、オーディオ用の出力トランスをつないでインピーダンスのステップアップを行い変調器とします。手持ちの関係でLUX OY−15−5相当のトランスと10Hのチョークを変調リアクタとして
変調器を構成することにしました。

 その外にもオーディオアンプ用パーツが多数ありますので,活用することにする。

 またパワーアンプにはプリアンプがついていないので、別途プリアンプが必要。

 当初,6CA7PPのアンプで変調の試験をしていましたが,フル稼働させないと深い変調がかかりません。そこで手持ちの拡声用PA(パワーアンプ)で試すことに。

このアンプはモノラルですがマイク系統が4CH、AUXが2系統あり,それぞれをミキシングでき、Compress機能、Graphicイコライザ機能、出力トランス付きで最大出力100Wのアンプです。試験的に試したところ余裕があり相性がとても良いのです。

最近では,多くの機能が内蔵されたデジタルコントロールアンプ等も入手できますので,機会があれば,総合的な音づくりに挑戦したいと思います。

最終的に修復+改造TX−88Dは次のような回路になりました。TX−88Dの改造記についてはこちらを参照下さい

変調用信号は,別筐体の半導体による汎用変調器(パワーアンプ部)から供給して変調する。

完成後の各種特性については,別途ご紹介しますのでお待ちください。

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